Association des Laureats du Futsuken Ikkyu

フランス語と私

合格年度: 2009年
職業: 学習塾専任講師&仏・英語通訳案内士
フランス語学習歴: 大学で4年その後長いブランクを経て14年ほど
フランス語圏滞在年数: 文中の夏期講習のみ

 図書館には静謐な時間が流れている。小学生の頃、図書室(図書館ではなくて)へ足を踏み入れると その静けさの帷に子ども心にも神妙な面持ちになって本を探すのが好きだった。「今日はなにを借り ようかな….」とあれやこれや本棚を見渡すのであるがそんなとき必ずといっていいほど私の目に留 まる作品があった。「モーヌの大将」――― しかし、今もって不思議なのは当時の私が一度として その本を手に取ることがなかったことである。毎回見ているのに、である。その幼心をもう思い出す ことはできないが、おそらく「大将」という言葉から「海軍大将」「陸軍大将」を連想し「何かしら 戦争にまつわる物語」と決め込んでいたのであろう。少年少女向けの夢物語を好んで選んでいた私に は心動かなかったのだ。そして、「モーヌの大将」が戦争などとは全く関係のない物語であることを 知るのはもっとずっと後になってから、この作品が映画化され「さすらいの青春」という邦題で公開 されたのを見て「こんな話だったのか」と心惹かれてのことである。

 その後私はフランス語に恋をし仏文科の学生となった。フランス語に情熱を傾けている娘に両親はフ ランスの大学での一カ月の夏期講座に参加することを許してくれた。各校の講座を見比べ検討しアン ジェカトリック大学に決めた私は夢の地に降り立ったのである。

 楽しく充実したアンジェでのひと月を無事に終えるとパリに戻り、人並みに花の都をここかしこと歩 き廻ったのだが、帰国を前にどうしても訪れておきたい場所があった。シェール県にあるエピヌイユ ・ル・フルリエル、「モーヌの大将」の世界が展開する小さな村である。しかし行き方がわからなか った。観光地でもない上、現代のようにインターネットで瞬時に、というわけにはいかなかったので ある。私はモンパルナス駅に行き「エピヌイユ・ル・フルリエルという村に行きたいのです。サンタ マン・モンロンの近くだと思いますが。」と相談してみた。窓口の女性は意外にも親切に「それなら モンリュッソンのほうがいいわよ。そこから4~5キロのはずだから。」と調べてくれた。モーヌへの 道を得た私は2、3人の友人にこの冒険旅行計画を話してみたが皆「ふうん…」と言うばかりで「この 後に及んでなぜフランス国内にこだわるの?」とでも言いたげな様子でスペインにイタリアにスイス にと旅立っていった。いよいよ一人旅か….と覚悟を決めようとしていたときアンジェで知り合った 浅子さんが「面白そう!」と興味を示してくれた。「どこかよくわからないところなのよ。本当にい いの?」念を押す私に「いいの、いいの。面白いじゃない!」と。かくしてエピヌイユへの旅は始まり を告げたのである。

 列車はすべるように駅を出た。平野に恵まれるこの国の車窓からの眺めは野を越え丘を越えといった 具合になだらかに続いてゆく。この先に待ち受けているソローニュ地方の美しい森に思いを馳せなが ら私たちは心躍らせていた。ただ一つ、ヴィエルゾンで乗り過ごさないように(モンリュッソンに行 くにはヴィエルゾンで乗り換える必要があった)というちょっとした緊張感を抱えながら。車内放送 は一切ないわけだけから、停車度毎にヴィエルゾン到着時刻を反芻確認しつつそろそろでは、と思わ れる駅に着いたのだが乗車した車両の位置が悪かったらしく駅名のプレートが全く見えない。ええっ とたぶんここだと思うんだけと…とまごまごしているうちに列車は再びすうっと発車してしまいゆる やかに流れる窓外に見えた駅名は「ヴィエルゾン」――あ~やってしまった…あれほど気をつけてい たのに。事情を知った周りの人たちは「あら、まあ….それじゃ次の駅で引き返すしかないわね。」 と別にたいしたことでもない、という風に言葉をかけてくれた。そう、それしかないのである。ただ、 山手線のようにホームに降りたらほとんど同時に来る向かいの電車に乗ればよい、というわけにはい かないのだから次の駅で反対のパリに向かう列車をつかまえるまで散々待たされることになるのであ った。それでもなんとか再度車中の人となり次のヴィエルゾンで(今度はちゃんと)乗り換えて目ざ すモンリュッソンにようやくたどり着くと、戸外はすでに暮れどきの薄藍色に染まろうとしていた。

 駅のすぐ近くに小さなホテルがあった。窓越しにおかみさんとおぼしき人影が見えたのですぐさま 投宿を願い出たのだが、彼女は皿を拭き拭き、「コンプレ!」。どう見ても満室には思えなかったの だけれど。ほかに泊まれるようなところはありませんか、と問うてはみたものの「ノン!」ととりつ く島もない。私たちはすごすごと駅に引き返すしかなかった。

 道すがら「差別されちゃったかな….」と浅子さん。ことの真偽はわからないが、考えてもみれば高 校生にしか見えない東洋の女の子が二人、夕暮れどきになって予約もなしに泊めてほしい、と言って も訝しがられるのは当然のことなのかもしれなかった。かくなるうえは仕方がない、明日の朝まで駅 のベンチで過ごすしかないと腹をくくった。小さな駅の一つしかないベンチに二人並んで腰を下ろす と私たちは持っていたパンや果物を食べ本を読んだり話をしたりしていたが、やがて朝からの疲れが 出たのかうとうとといつの間にか眠ってしまったらしい。ふと気がつくともうすっかり暗くなってい て、そうでなくてもさして多くない乗降客もすでに絶えていた。夜になっちゃったか….ぼんやりして いる私たちのところへ顔立ちのいい若い駅員がやってきて「君たちは朝までここにいるつもりなのか?」 と聞く。はい、とこれまでのいきさつを説明すると彼はちょっと考える風だったが「こっちに来なさ い。」と言って駅員室の脇を抜け奥にある小部屋へと私たちを案内した。そこには折り畳み式のベッ ドが二つあって「あんまり快適とはいえないけどね。」と言いながら彼はそれを両方とも開いてくれ た。私たちは思いがけないことにびっくりするやら感激するやらで何度もお礼を言い喜んでその厚意 に甘えることにしたのだった。

 朝の美しい光で目が覚めた。ベッドは少し埃ぽかったけれどぐっすり眠ることができた。私たちは 簡単に身づくろいをし部屋をもと通りに片づけると、どんな風にお礼をしたらいいだろうかと話し合 った。お金を払うわけにもいかないし…結局持ち合わせていた千代紙で心をこめてツルを折り部屋を 出た。くだんの駅員に再び丁重にお礼を言いながら折りヅルを手渡すと彼は戸惑いながらも受け取っ てくれた。駅を出ると左手に小さなカフェがあった。年の若い清楚なマダムがやっている店で朝まだ 早いせいか客はいなかった。美味しい朝食に私たちは幸せな気分になり、支払いを済ませながらこれ からエピヌイユまで歩いて往復してきたいのだが荷物を置かせてもらえないか、とお願いしてみた。 「もちろんいいですとも。」と優しく微笑みながら快諾してくれたマダムに私たちはここでもツルを 折って手渡した。「まあ!」と小さく驚く彼女のはにかむような笑みが少しばかりかがやきを増した ように見えた。

 エピヌイユの村へ通じる道は迷いようのないほどまっすぐだった。暁方に少し雨が降ったらしく黄 色みがかった砂のような道はほんのり湿って白く光っていた。湿潤な日本とは異なり大気はさわやか に乾き透明にひきしまっていた。遠景にはソローニュの森が広がり人っ子一人いないその道を私たち はうきうきと歌を口ずさんだり笑い合ったりしながらたどったのだった。村に着くと物語の舞台とな った学校はすぐに見つかった。作者のアラン・フルニエが両親とともに少年時代を過ごした場所だ。 学校は住まいを兼ねていて階上がかれらの住居、階下の教室では両親は教師、彼は生徒の一人であっ た。当時のまま残されているがもうすでに記念館となっていて映画の撮影もここで行われた。管理人 のムッシュウはたった二人の訪問者のために隅から隅まで丁寧に案内してくれた。彼は冗談をいうこ ともなく淡々といたって真面目な説明者だったのだが、私があちらこちらカメラのシャッターを切っ ていると突然ひょいと現れてフレームに収まったのにはちょっと笑ってしまった。ヴァカンスの時期 のせいか村は静まり返っていて誰にも出会わなかった。森に抱かれてひっそりと眠っているかのよう で、物語の世界にまぎれ込んだかという錯覚に陥ってしまいそうだった。そう….考えてみれば行き 方も定かではないこの村を求めて紆余曲折した私は、まさに迷い込んでしまったサブロニエールの屋 敷を探し求めてさまようモーヌのようではなかったか。彼ほどの狂おしいまでの思いはなかったにせ よさすらいの旅を追体験したようで何とも不思議な思いがした。

 訪問を終え村をあとにした私たちはもと来た道を遠ざかるのを惜しむかのようにゆっくりとたどっ た。朝のカフェで預かってもらっていた荷物を受け取りマダムに丁寧に挨拶を済ませると帰途につい た。パリに戻る車中は往路の混乱など嘘のようにどこまでも平和だった。浅子さんとたわいもない話 をしながら、私はなんと素晴らしい相棒に恵まれたのだろうとつくづく思った。浅子さんは私の酔狂 な旅につき合ってくれて、駅で降りそこなっても宿を断られても腹を立てることも文句をいうことも なく、いつも穏やかで優しかった。私がひそかにあたためていた夢をかなえることができたのは全く もって彼女のおかげであろう。彼女は、私がひたむきにフランス語に向き合っていたことへのご褒美 に天が授けてくれた贈りものだったのかもしれない。窓外の田園風景がやがて都会の様相を呈するよ うになると私たちの旅も終りを告げることになる。私はうれしいやら淋しいやら、様々な思いがない まぜになってそのせつなさに涙が出そうになった。何はともあれ無事に戻って来られたのだ。それに つけても、幼かりし頃の私はなぜ「モーヌの大将」を手に取らなかったのだろう。あれほど常に目に していたというのに。ひょっとすると….あの本の後ろには「ナルニア国物語」の古い洋服箪笥さなが らソローニュの森への入り口がかくれていたのではないだろうか。ひとたび本を引き出すとたちまち モーヌの世界に迷い込んでしまったのではなかろうか。小学生の私はナルニアのルーシーたちのよう に勇敢にふるまうことはとてもできなかったろう。エピヌイユの村に足を踏み入れることができるま で私には十余年の歳月が必要だったのだ。ああ、村へと通じるあの静かな道。あの道は今でも白く光 っているだろうか。そして再び私がそこに戻っていくことはあるのだろうか。

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